こんにちは、渡辺有です。
先月、両親の法事のため実家へ行ってきました。
父と母は2ヶ月違いで亡くなったので、一周忌はふたり合同です。実家までは車で4〜5時間かかるため、その点は助かりました。本当はもっと暖かい時期ならよかったのですが、こればかりは仕方ないですね。
アメリカ在住の姉は体調不良で来られなかったため、わたしたちも2泊3日のスケジュール。
姉には「遺品の処分はしないで」と言われていたので、家の周りの片づけにとどめました。
それだけでも、とても辛かったです。
遺品整理はやっぱり大変。
母の死で、全てが枯れた
母は植物を育てるのが大好きな人でした。
家の外には鉢植えやプランターがたくさんあり、春になるとチューリップやパンジーなど色とりどりの花が咲き乱れていました。
母の死後、その植物たちもお世話してくれる人を失い、じょじょに枯れていきました。
いくつかわたしが持ち帰ったものもありますが、枯れかけています。。。わたしはもともと植物を育てるのが苦手なので。
小さな庭も、荒れていました。
叔母が月1で家の風通しに来てくれて、庭の手入れもしてくれていたのですが、さすがに月1ではムリですね。除草剤を撒いてくれていたので、その枯れ草を取り除きました。
祖母の盆栽も枯れていました。
何もかもが、母の死と同時に枯れていったのです。
作業自体は時間さえあればOK
植物たちはかわいそうでしたが、荒れたままにしてはおけません。
キレイ好きだった母のためにも、まずはマイナスを0に戻すのが先決です。
植木鉢やプランターから枯れた植物を土ごと取り出し、植物と土に分けます。
土や軽石は庭に埋め、植物はゴミ袋へ。大部分を夫がやってくれました。
わたしはひたすら枯れ草を引っこ抜き、熊手で集め、ゴミ袋へ。
最後にプランター類を陶器とプラスチックに分けて、車に積み込みます。
ゴミ処理場へ運ぶためです。
作業自体は、時間さえあれば単純作業なので簡単です。
生ゴミも遺品も全て「ゴミ」
実家管轄のゴミ処理場は、分別したゴミを処理場の各場所に捨てていくシステムです。多分ほとんどの処理場が同じシステムだと思います。
各場所に担当者はいますが、基本的に自分で置いたり、投げ入れたりします。
父の使っていたムアツ布団も捨てたのですが、これは父のだし(父とは関係が悪かったのです)指定場所に置くだけだったので、ちょっと心が痛んだけれど、その程度。
他のゴミ…衣装ケースや介護用風呂イスなども順調に出していきました。
しかし母が大切に育てていた植物たちの鉢を捨てるときは、心をえぐられる思いでした。
処理する場所に自分で投げ込むのですが、数メートルの深さです。
そこへ重い植木鉢を投げ入れると、ものすごい音を立てて砕け散ります。本当に、ああこれはゴミとして扱われるのだなと、痛感しました。当たり前ですけどね。
植木鉢ですらこんな状態だったのに、思い出のある食器や置物だったら、もっともっと辛いと思います。
鉢が砕ける轟音にビビりまくったわたしの代わりに、残りは処理場の担当者さんが投げ入れてくれました。助かりました。
心の傷を最小限にとどめるには…
肉親が亡くなっただけで、心の傷は計り知れません。
そして遺品整理を進める過程で、何度も傷つくことになるでしょう。
なんで死んでしまったのか。もっと優しくすればよかった。あのときこうした方がよかったのではないか。
そんな気持ちを自分の中で消化しつつ、遺品を片づけていきます。
ゴミ袋に入れて、ヒモで縛って、思い出品が少しずつゴミになっていきます。
そのあとはゴミ集積場に出すか、処理場に持ち込むかですね。
集積場に出すなら、すぐに立ち去った方がいいです。ゴミ収集車に入れられ、プレスプレートで潰され、押し込まれていく様子はみないほうがいいでしょう。
処理場に持ち込む場合も、できれば誰かにお願いした方がいいと思います。
思い出の詰まった遺品が、ただのゴミとして扱われるところを見ないですみます。
どうしても自分で行わないといけない場合は、投げ込んだら振り返らず、次の作業にかかるべきです。
最終的には自分で決める・捨てる
遺品整理をお願いした業者さんに、遺品をただのゴミとして扱われてショックを受けた。そんな話をよく聞きます。逆に故人や遺族の想いを尊重してくれる業者さんもいますが、その分、時間やお金がかかるでしょう。
結局最後は自分で、どのように捨てるかを決め、実行しなくてはいけません。
ただし同居していた場合は、生活の場に遺品があるわけで、思い出も遺品に密着しています。家を処分したり売ったりしないのであれば、しばらく時間をおくのもいいかもしれませんね。
しかしいつかは、遺品を片づけるときがやってきます。
遺品から逃げ続けることはできないのです。