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遺品になった「自分からのプレゼント」が思い出深い

私がプレゼントした母の遺品 遺品整理

こんにちは、渡辺有です。

亡くなった親の遺品を片づけていると、過去に自分がプレゼントしたものに遭遇することがあります。
「お前こんなトコにいたのか、久しぶりだなぁ」と感動の再会を果たすわけですが、これが意外とよい「遺品」になるので面白いものです。

自分で選んだものなのに何故

自分で選んで自分で買ったものなので、故人との思い出は薄そうな気がします。
しかし自分で選んだものだからこその、思い出がつまったモノなのです。

理由1・自分が気に入っている

ベネティアのお土産。自分には買わなかったので大事にしたい

自分が気に入って買ったものです。
当然「モノ」として好ましい印象を持っています。

これを言っては身もフタもありませんが、モノとしての価値は(自分自身の中で)高いです。

理由2・自分の分身として故人と過ごした

大きな花瓶は母の好みじゃなかったようだけど、ときどき花が生けられていた

自分の手を離れ、何年も故人と一緒に生活してきた「モノ」です。
自分の分身として思い出を作ってきたような気がするのです。

これを見てときどきわたしを思い出してくれたのかな、隣で一緒に音楽を聴いていたのかな。
故人の生活が蘇るようで、とても懐かしく思えます。

理由3・プレゼントに対する故人の扱い

香水に凝っていた頃のプレゼント。母は全く付けないのに自分本位だった

母のタンスの中に、10年以上前にプレゼントしたタオルハンカチを発見。
あまり使ったカンジはなくキレイでしたが、引き出しの手前にしまってありました。

きっと母のことだから、娘からもらったハンカチは特別なお出かけのときだけに使っていたのでしょう。
亡くなる前の2〜3年はほとんど会うことができませんでしたが、ハンカチを選ぶときに、たまには思い出してくれたかなと思いました。

ま、もっともハンカチのピンクが派手すぎて、持つのがイヤだっただけかもしれませんが。笑

これがそのハンカチ。なんてことはないデパートの1Fで買ったもの

将来戻ってくることを見越して買う

汕頭はしまいこまれていた。使えないしねぇ

以前「食器は将来、古道具ではなく骨董品になるようなものを買え」という文を読みました。
ちょっと(全然?)違うけど、両親へのプレゼントは「将来自分の元に戻ってくることを見越して、愛着のわくものを買え」と言いたいです。
決してやっつけ仕事でテキトーに選んではいけません。

将来的にモノを引き受けたくない場合は、消耗品や食べ物・花などがいいですね。

あ、しかし鉢植えはヤバいです。
これについては後日また書きたいです。

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