こんにちは、渡辺有です。
母が亡くなり2ヶ月過ぎ、現在は日常を取り戻しつつあります。
亡くなった直後は夜中に目覚めて眠れなくなったり、日中ひとりでいると動悸がしたり。
かなり生理が遅れ、自分史上最悪の生理痛にも苛まれました。
心と体は直結しているとつくづく感じます。
遺品と同時に気持ちも整理していかなければなりません。
こちらはモノとは違い、時間がかかりそうです。
悲しみを癒してくれたもの
母が亡くなった直後の悲しみを癒してくれたもの。
個人差があると思いますが、わたしの場合。
ダイヤモンドの指輪
いきなりの登場で「???」と思われるでしょう。
愛用しているダイヤモンドのピンキーリング、このダイヤにかなり救われました。
キラキラと輝く美しさに、束の間あたまを空っぽにすることができました。
ダイヤモンドの「永遠性」に安らぎを感じました。
別にダイヤモンドでなくてもいいのでしょう。
「石(パワーストーン)」にはやはり、心を癒す力があると思います。

動物
母が亡くなる直前、猫屋敷に2泊しました。
猫はいいですね!
こちらの感情とは関係なく、ただ生きている。
一緒に暮らしている猫ならまた違うのでしょうけど、生き物として同じ空間にいるのみの、シンプルな関係。
それだけで意味もなく癒されました。

子供
アホな子供というものは、動物と同じく癒し効果があるようです。
年中の甥っ子と小1の次男は、見たり触ったりするだけで、生命力を感じます。
深く考えないので、同情などもありません。
小3ともなると色々わかるせいか、長男にはちょっと気を使いました。
気持ちを共有できる人
姉とはもともと仲が悪く、ずっと疎遠でした。
わたしに子供が生まれてからは、子供たちを可愛がってくれて、少しずつ交流も増えました。
母に対する気持ちを共有できたのは、やはり姉です。
同じ人に対する想いでも、人によって微妙に違います。
それでもやはり同じ方向に同じ強さで悲しめる人の存在は、大きいです。
普通であれば父親もそこに含まれるのでしょう。
しかし父はいかに自分が大変だったかを語るのみで、母の思い出を語ることも、母を亡くして悲しむこともなく、気持ちは全く共有できません。
花はダメだった
美しく咲く花々。
お葬式から四十九日まで、たくさんの花と過ごしてきました。
しかし花はダメです。
じょじょに枯れてきて散ってしまう、その姿を見ると逆に悲しくなってしまうのです。
花はわたしにはダメでした。
悲しみの質が変わる
母が亡くなった直後の悲しみは、沸騰したお湯のようなカンジでした。
表面がボコボコと波立って、どんどんお湯が蒸発していく激しさです。
しかし2ヶ月後の現在は、自家製の梅酒のようなカンジです。
梅のエキスが静かに沈殿して、底に貯まっていきます。
そうやって少しずつ熟成していくのでしょうか。
親を亡くす悲しみは、自分が先に旅立たない限り、全ての人に訪れます。
そしてみな乗り越えていくのです。
そう考えるととても不思議です。
こんな辛い思いをほぼ全員の人が経験するのに、みんな立ち直れるのです。
悲しみは消えることはありませんが、変化します。
それに慣れていくのでしょうか。
悲しみも含めての、自分になるのでしょうか。
※単なる個人の思いですので、イラっとした人はお茶でも飲んで忘れてください。